2008年04月11日
桜の蕾
孫が一人「就職」で家を出た
孫よ!大きく優しい男になれよ
外孫が高校入学だというので、祝いに行く
孫に向かって
「おんちゃんは・・・」と話し出したら
孫が
「おじいちゃん、いつから若返ったのか・・・」と笑っていた
近所に住む妹は
近頃、よく話しかけてくると言っていた
確かに以前は、お前達妹達と軽口を聞くなど無かったものだ
もう少し、兄につきあってくれよ
さて、今日は3週間に一度の通院だった
前回テスト検査をしていたので
今回はテストの結果がでた
昨年夏から少しだけスコアが下がっていたようだ
病院の敷地には桜の木々が植えられている
まだ蕾である
そうだ・・・以前は「開花!」が待ち遠しいものであった
蕾をつまみ「重さ」を計っていたこともあるぐらいだ
だが、近頃では自分で調べることもなく
「桜開花情報」があちらこちらに
あるではないか
自分で蕾をみることも蕾を手にすることも無く
花見を楽しむことができる
自分で蕾を見ながら心を躍らせることが無いのかと思うと
少し残念ではないだろうか
花見をしたいと思わなくなった
ましてや「花見酒」の宴もだ
昔を知っている人は驚くだろう!(笑)
今は、家の中にいることがいい
外出をすると転んで怪我をしてしまうこともある
怪我をしてしまえば、妻の負担が増えるのだ・・・
だから、私は家に居ることがいいんだよ
妻は俺が少しでもディサービスに行くことを望んでいるようだが
俺は、家に居たいんだ
男はディサービスには中々なじむことができないのだよ!
桜並木
まだ蕾だ
孫よ!大きく優しい男になれよ
外孫が高校入学だというので、祝いに行く
孫に向かって
「おんちゃんは・・・」と話し出したら
孫が
「おじいちゃん、いつから若返ったのか・・・」と笑っていた
近所に住む妹は
近頃、よく話しかけてくると言っていた
確かに以前は、お前達妹達と軽口を聞くなど無かったものだ
もう少し、兄につきあってくれよ
さて、今日は3週間に一度の通院だった
前回テスト検査をしていたので
今回はテストの結果がでた
昨年夏から少しだけスコアが下がっていたようだ
病院の敷地には桜の木々が植えられている
まだ蕾である
そうだ・・・以前は「開花!」が待ち遠しいものであった
蕾をつまみ「重さ」を計っていたこともあるぐらいだ
だが、近頃では自分で調べることもなく
「桜開花情報」があちらこちらに
あるではないか
自分で蕾をみることも蕾を手にすることも無く
花見を楽しむことができる
自分で蕾を見ながら心を躍らせることが無いのかと思うと
少し残念ではないだろうか
花見をしたいと思わなくなった
ましてや「花見酒」の宴もだ
昔を知っている人は驚くだろう!(笑)
今は、家の中にいることがいい
外出をすると転んで怪我をしてしまうこともある
怪我をしてしまえば、妻の負担が増えるのだ・・・
だから、私は家に居ることがいいんだよ
妻は俺が少しでもディサービスに行くことを望んでいるようだが
俺は、家に居たいんだ
男はディサービスには中々なじむことができないのだよ!
2008年02月27日
父親として
子供達に、もうしてあげれることは
ないのか?
してあげることができないのか・・・
初夢に 孫が生まれた 夢をみた
娘よ。。。
俺は、ただただ・・・祈るだけだ
婿探しは 職探しより 難しいのか???
ないのか?
してあげることができないのか・・・
初夢に 孫が生まれた 夢をみた
娘よ。。。
俺は、ただただ・・・祈るだけだ
婿探しは 職探しより 難しいのか???
2008年02月25日
要介護
実は、認知症だと言われたとき
私は「要介護4」だった。
暴力・徘徊・・・・
目がうつろで
無気力であった
入院していた病院では
窓の外に見える「田んぼ」で
四季を感じているはずだった
しかし・・・今日は何月?
と質問されてても、答えることができない
田んぼの様子が見えない
診察室で
質問されても、田んぼが「今」どうだ!というのが
答えられないでいた。
今も、今日何月何日?と聞かれても
覚えていることができない
新聞をみて、新聞の日付で今日を確認する毎日である。
新聞記事に「どんな事件」が書いてあった
「最近気になるニュース」は何か?
など・・・質問されても「答えることができない」
それでも、今は「要介護1」になった・・・・
「要介護4」→「要介護2」→「要介護1」
この3年の間に
私は「要介護」のレベルが下がっていった・・・・
「喜ぶべきこと」だろう
そして、今やれることと「ただするだけ」である
目標もできた
「川柳」を新聞に投稿してみようと
思うのだ。。。
まだ、まだ思うだけであるが
「老いぼれてきて、ただ死を待つだけ」だった
私が「今は川柳」を投稿してみようと
考えるようになった・
痴呆症 いつに成ったら 直るかな
私は「要介護4」だった。
暴力・徘徊・・・・
目がうつろで
無気力であった
入院していた病院では
窓の外に見える「田んぼ」で
四季を感じているはずだった
しかし・・・今日は何月?
と質問されてても、答えることができない
田んぼの様子が見えない
診察室で
質問されても、田んぼが「今」どうだ!というのが
答えられないでいた。
今も、今日何月何日?と聞かれても
覚えていることができない
新聞をみて、新聞の日付で今日を確認する毎日である。
新聞記事に「どんな事件」が書いてあった
「最近気になるニュース」は何か?
など・・・質問されても「答えることができない」
それでも、今は「要介護1」になった・・・・
「要介護4」→「要介護2」→「要介護1」
この3年の間に
私は「要介護」のレベルが下がっていった・・・・
「喜ぶべきこと」だろう
そして、今やれることと「ただするだけ」である
目標もできた
「川柳」を新聞に投稿してみようと
思うのだ。。。
まだ、まだ思うだけであるが
「老いぼれてきて、ただ死を待つだけ」だった
私が「今は川柳」を投稿してみようと
考えるようになった・
痴呆症 いつに成ったら 直るかな
2008年02月02日
もう少しで立春
明日は節分
はやいもので、既に2月だ
節分がすぎたら、春になる・・
いや・自分が住んでいる町は
そこから、また厳しい冬が続く
土手に春の気配が感じられるのは
ふきのとうが芽吹いたとき
そして、私の好きな土手の散歩コースに
さくらが咲くのは、4月の中旬である
今は、まだ寒くて「つぼみ」さえ
閉じている
病気になってから、妻と二人で土手を散歩する
散歩コースはいくつかあるが
川の緩やかなな流れを見ながら
散歩するコースは初春から夏にかけて美しい
土手の傾斜に様々な野の花が咲き
白い雪で覆われた土手に、緑が芽吹き
菜の花が咲く
ふっと上を見上げるをひばりがなき
サクラは公園の敷地にあり、少し土手から小高い場所である
100本近くはあるだろう、老木もある
しかし、観光客が来るわけでもない公園は
妻と私の特等席である
去年は、突然娘が「だんごをもって、花見に行こう!」と
いい、妻と三人でおとづれた。
娘は私に古いカメラを渡し、写真を撮ったらと勧める
昔から写真を撮るのが好きだった
娘に言われ、写真を撮る
できはわからない
娘も携帯で私や妻を写真に撮る
写真に私が撮ったさくらが写っているだろうか
20年近く使っていないカメラ
消費期限が5年以上経過しているフィルム
映っていて欲しい・・・ぼんやりでも
と思うが、同時に
映っていない・・など関係がない
以前病気が発病したばかりのときは
娘は私にイライラしていた・・
しかし、この頃の娘は私にイライラするというよりは
私が好きであろう・・・と考えることを
するように、仕向けてくる・・そうだ・・仕向けてくるのだ・・・
近所にいる私の妹達は
古くなったフィルムを使って写真を撮っている私を
寂しそうに見るのだが・・娘や妻は嬉しそうに見ていてくれる
先日は、初ひ孫の写真を撮ろうとしたら
息子に、そんなカメラじゃ写らないだろう・・と怒られた・・
それから、私はカメラを取り出すことをやめた・・・
娘は相変わらず、私にカメラの話をする
そうだな・・
また、桜の時期にだんごをもって花見に行こう!
そろそろ、足腰が弱り動かなくなる前に
ゆっくり、妻と手をつないででかけるのも
悪くない
桜の下で酒宴を繰り広げている場所ではなく
ゆっくりと腰を下ろして見上げたいものである・・・・・
椿山荘、フォーシーズンズホテル椿山荘東京、さくら祭り
http://www.chinzanso.com/
東京ではホテルでさくら祭りを開催しているのか・・・
そうだ・・娘よ・・そろそろ・・このような
美しい時期に「寿」などという
朗報がないのか!!
そうしてくれれば
私は、1度で二つ美しいものを見ることができるぞ!!
1つは、さくら
もう1つは、桜の木下で、お前の花嫁姿を見ている妻に!
そろそろ。。いい加減嫁にいったらどうだ!!!
俺の記憶があるうちに
おれが、おまえのなまえをよぶことができるうちにな
2008年01月27日
ただただ・・毎日
認知症だといわれて・・既に何年だ??
日付がわからなくなった・・・
ふいに?今日は何日だ?と聞かれると??
秋なのに、5月・・5月なのに12月・・などと
カレンダーを見ても、今日が何日であるか?
わからなくなった
最初は、「いいさ!日付がわからなくっても・・」と
思っていたが、やはり。。。不安である
今は「新聞」が私の友人であり、家族である
新聞で日付を確認するのだ
もうひとつ「テレビ」これも、私の生活には
欠かせないものである
新聞のテレビ欄には「見たい」番組欄に赤ペンで
丸印またはレ点をつけておく
そして、新聞の「○○放送」という欄の上に、
リモコンの番号を書いておくのだ
例えば、○○放送の上に「12」というように
そうすると、うっかり?忘れても、大丈夫だ!
毎朝、時間をかけて、新聞をみて、書き込む
1ヶ月に1回、病院に行くんだが・・ここのドクターが
決まって質問するんだ!
「最近、新聞でどんな記事が載ってましたか?」
って、
私は答えるんだ
「なんだったっけねぇ~」って
覚えちゃいないんだよ・・・
記憶は、残っていないんだよな・・・
だが、毎日新聞をみて、テレビをみて・・・
ご飯を3食食べて、お菓子を食べて
気分がよければ、散歩に行って・・・・・
何のために、生きてるか?って
思うんだ・・・・
答えは、今じゃないとダメか?
もう少しだけ、ゆっくり考えてみるよ
今、自分の楽しみはなんだろうな?って
2008年01月14日
きょうだい 喧嘩
正月から「私」と「妻」のことが
原因で、息子と娘たちが口論になった
息子は私が認知症になったときには、「単身赴任」で
今も一緒に住んでいない
現在は、息子の嫁と子供3人、そして愛妻と住んでいる
正月に帰省した、息子(長男)が嫁に行った娘(妹・長女)に
「久しぶりに実家に帰ってきているが、
ゆっくり、くつろぐことができない」
理由は・・
「親父は夜になると、何度もおきてきては
うるさいと怒鳴る」
「母親は、そんな父親に気を使っている」
「成人している子供達は、全く家に寄り付かない」
「母親は、賑やかに酒を飲んでると、父親がい らだつから
宴会をするなと!という」 など
実家に帰ってきても、ゆっくりできないし、
(子供達が家に帰ってこないのは
両親のせいだと、言わんばかりである・・)
介護に疲れている母親は
いつも二人で生活している「リズム」を
壊すなという
こんな家なら「みんな、出て行って
認知症の父親と口やかましくなっている母親だけの二人で
生活をしたらいいんだ!!」と
年金で、静かに生活をしたいなら
そうしたらいいと・・
嫁だって「こんな家、出て行きたいんだろうし
嫁だって、嫌なら出て行ってもいい・・」と
「こんな、家なんて嫌だ」
「(次女に対し)お前がつげ」
「こんな、家には住みたくない??」
「こんな、家に帰ってくるために、一人で単身赴任を我慢しているのか」
・・・・・・・・・・・
嫁に行った長女は、認知症の義母を介護した経験者だ
「馬鹿嫁」などの罵声
うんちを手で触る行動
大柄な義母をお風呂に一人で入れていた
そして、プライドをもってがんばっていた仕事を
義母の介護のために、辞めた
長女は、長男の態度に涙を流して抗議をした
父親はまだいいほうだ、自分はほんとうに苦しかった
今は薬で治療ができる
自分が介護したときは、「地獄」だった
たまに、帰ってきて文句を言っている「自分の兄」に対し
悲しみと悔しさが長女の心を覆っていたのだろうか?
父親として、自分のことが原因で
きょうだいげんかをしている
家族とは、いったい「どんな」ものなのか・・・
俺は、父としてこの息子や娘達・・そして孫
愛する妻にどんなことができるのだろうか・・・・・・
2008年01月07日
夜になると・・
どうやら、夜になると「何度もトイレ」に行きたくなる
正直なところ。。おしっこがでるわけではない・・・
おしっこは「チョロチョロ」だ
しかし、夜7:00~朝6:00までの間に
平均8回程度はおきる
お正月には、単身赴任している息子が帰省

嫁に行った娘が孫を連れて正月の挨拶にきた

娘や孫が来るのは嬉しい
今は富山にいる息子が帰ってくるのも
嬉しいのだ・・・・・
だが、寝室の隣で「宴会」をしている声が
無償に「腹立
たしい」のである笑って話をしている声が「喧嘩」しているような
時に、怒鳴りあっているよな(実際怒鳴りあっていてのかもしれない・・)
親として正月から「喧嘩」しているのを
とめたくなったのだろうか??
実に4時間の間に「5回」は起きている・・
以前の自分は「宴会」が大好きだった
酒
は浴びた・・・と、言うぐらい飲んだ。酒もタバコも、十分すぎるぐらい・・のんだ
娘達は、俺が怒っていることに「平然」としている
昔から「怒鳴って」いたからだろう・・
「お父さんごめんね」「もう帰るから」など
と言って、自分を落ち着かせる・・・
息子や娘達に
今俺ができること。。。。。。
などと、考えても「少し時間がたつと忘れてしまっている」
できるだけ、今年も「川柳」を詠んでいこう
自分に今できること
日付をいれて、何度も「5.7.5」を数えていく
それだけで、十分だろう
なぁ子供達よ!
妻の俺の側でしきりに話しかける「妻」と
正月があけたら、また二人だけの時間が増えるだろう
ストーブに「濡れた靴下」をおいて「火」がでたと
慌てさせることも、あるだろう
「妻」よ、定年後は二人で「手をつないで歩きたい」
そういった俺の手を、今年もつないでいてくれよ・・
2007年12月15日
長生きの秘訣
なんと・・・
無免許運転で逮捕!
なんと・・・年齢は「100歳」
「車を運転する緊張感が、ボケ防止にもなり、
長生きの秘訣だった」・・
2007年12月15日読売新聞朝刊より
私も車を運転することが大好きだった・・・
一人でフラッと・・・田んぼにいくんだ!
自分の田んぼに行って
稲の成長を眺めながら、酒???を飲む・・
これが、楽しみだった・・・・
車は私を色々なところに連れ出してくれた・・・
春の山・・・わらびやたらの芽・・山菜をよく採りに行った
秋の山・・・色々なきのこ・・・なかでも「あみっこ」をよくとった
しかし・・・・認知症と診断された日から
私は車の運転をしていない・・・
はじめ・・私は自分の運転免許証がない・・というと
妻は「なくした」と言った
また、運転しようとすると、免許証がないからダメだといわれた・・
いつしか、私は助手席や後部席が定位置になった
時々、娘の車にこっそり乗ってみる。
運転席に乗ってみるのだが、娘は鍵を周到に隠している
運転は長生きの秘訣かぁ~
認知症だと、言われる1ヶ月前
私は車で「孫」を迎えに行くといって
家をでた・・・・
行った先で「自分が何のために、どこにいるのか?」
・・・・わからなくなった・・・・・・・・
わからなくなった・・・・・・・
そして、交番で「私は今どこにいるのか?」
「なぜ?ここにいるのか?」と
警察官に聞いていた・・・・
自分がどこに向かって家をでたのか?
帰る道がわからなくなった・・・・・
このときだけだったのだろうか?
帰る道がわからなくなったのは・・・この日が初めてだったのか・・
今ではわかる術は無い・・・

無免許運転で逮捕!
なんと・・・年齢は「100歳」
「車を運転する緊張感が、ボケ防止にもなり、
長生きの秘訣だった」・・2007年12月15日読売新聞朝刊より
私も車を運転することが大好きだった・・・
一人でフラッと・・・田んぼにいくんだ!
自分の田んぼに行って
稲の成長を眺めながら、酒???を飲む・・
これが、楽しみだった・・・・
車は私を色々なところに連れ出してくれた・・・
春の山・・・わらびやたらの芽・・山菜をよく採りに行った
秋の山・・・色々なきのこ・・・なかでも「あみっこ」をよくとった
しかし・・・・認知症と診断された日から
私は車の運転をしていない・・・
はじめ・・私は自分の運転免許証がない・・というと
妻は「なくした」と言った
また、運転しようとすると、免許証がないからダメだといわれた・・
いつしか、私は助手席や後部席が定位置になった
時々、娘の車にこっそり乗ってみる。
運転席に乗ってみるのだが、娘は鍵を周到に隠している
運転は長生きの秘訣かぁ~
認知症だと、言われる1ヶ月前
私は車で「孫」を迎えに行くといって
家をでた・・・・
行った先で「自分が何のために、どこにいるのか?」
・・・・わからなくなった・・・・・・・・
わからなくなった・・・・・・・
そして、交番で「私は今どこにいるのか?」
「なぜ?ここにいるのか?」と
警察官に聞いていた・・・・
自分がどこに向かって家をでたのか?
帰る道がわからなくなった・・・・・
このときだけだったのだろうか?
帰る道がわからなくなったのは・・・この日が初めてだったのか・・
今ではわかる術は無い・・・
2007年12月08日
来年を占う?
占いは 当り外れわ 徳いです
2007年10月29日
*外れわ=外れは
*徳い=得意
*****漢字の辞書を片手に書いてるんだけどなぁ~
漢字はむずかしい
*********
2007年10月29日
*外れわ=外れは
*徳い=得意
*****漢字の辞書を片手に書いてるんだけどなぁ~
漢字はむずかしい
********* 2007年12月05日
はじまりは・・
人生は 行く道無くし 迷い道
2005年4月 「認知症」だと診断されました。
2007年12月、認知症の治療?中です。
認知症だと認識するきっかけは・・・・
「痔」の手術でした
麻酔がさめた後、私は幻聴と幻覚症状
周囲の・・家族の名前思い出せず
自分自身がどこにいるのかさえ
わからなかった・・・・・・・・・
家に帰ると言って、引き止める妻や娘を
睨み・・・・押さえられていた腕を振り放し
あげく・・・殴るしぐさをしていました・・・・・
実は、そんなことをした
などと・・自分では覚えてません
なんといっても、認知症ですから・・・近々の過去は
覚えていないのです
家族で迷い込んでしまった・・・迷路?
その時、私は68歳でした。
色々なことがありました
思い出すこともできないことだらけですが・・
今の楽しみ?は「川柳」を詠むことです
漢字がわからなくなってきたので
辞書は大切な友達です
妻や子供達・・孫が、時々こっそり読んでるようです
そして・・・・笑ってくれます
今の私の「生きがい感」は「川柳を詠む」ことですね。
介護を受けている人、介護をしている人
突然・・・家族の人が認知症だと・・・
診断されているひと・・・・・・・・etc
色々な人に少しでも、元気を届けて生きたい
と、思ってます。




